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えいがのれんあい

映画の恋愛

宮本 百合子

「日本映画」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,915 字 · 6 页

青空文庫

近代企業としての映画は、経営の上にも技術の上にも急速な発達をとげているのだが、映画に扱われている女の生活というものは一様にある水準に止まっている。技術的にはアメリカやフランスの映画が先へ歩いて行っている部分のあることは明かなのに、映画の主題として女が扱われる時、愛人として妻としてまた母として、女の犠牲の面から筋が扱われていることでは、アメリカも日本も全く同じである。このことはこれまでしばしば注意を引かれた。有名な「ステラダラス」「マズルカ」などでも、この社会で受身な負担のにない手である女の苦しい感情が母性愛といういろどりで描かれている。こういう映画が外国でも人々の涙を誘うのであって見れば、そこでも女の生活は、恋愛の面においてもいろいろの苦しいものを持っていることが察せられる。

観客に対する関係からでも映画製作者は恋愛のさまざまに変化ある捕え方に苦心しているのであろうが、せんだってのディートリッヒとヴォアイエの「砂漠の花園」などは中途はんぱで工夫倒れの感があった。それよりは「あまかける恋」におけるゲーブルとクロフォードとのユーモラスなものの下に語られる男の真心というようなものの方がさっぱりしていて、笑えるだけでも成功であったと思う。