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はるのとうぞく

春の盗賊

太宰 治

「文芸日本」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页

青空文庫

東の横綱がないんだ。どういうわけか、そこまでは僕も知らない。メンコ屋で、品切れになっていたのかも知れない。持主の男の子は、かねがね、どんなにそれを淋しがっていたことだろう。どんなに、ひそかに気がひけていたろう。どんなに東の横綱が、ほしかったろう。所蔵の童話の本、全部を投げ打っても、その東の横綱と交換したいと思っていたにちがいない。東の横綱は、どこのメンコ屋にも無かった。友だちみんなに聞いてまわっても無かった。そのとき、君が、盗んじゃった。君はそのメンコを調べてみて、その男の子の無念と、淋しさを思いやって、しじゅう、そのことが頭から離れず、その後は、メンコ屋の店のまえをとおるときには、必ずちょっと店先を覗いて、もしや、東の横綱が無いかしら、と思わず懸命に捜してみるようになってしまっているにちがいない。そうでなかったら、君は、鬼だ。どろぼうなんて、いい商売じゃないね。よしたまえ、おい、聞いているのか。」

隣室にぱっと電燈がともって、この部屋も薄明るくなって、見ると、どろぼうは、影も形も無い。いやな気がした。

襖をあけて、家内がよろめくようにしてはいって来て、