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はるふかく

春深く

久保田 万太郎

「都新聞」1924(大正13)年5月2、3、6、7日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,257 字 · 7 页

青空文庫

俥は、両側に、不揃いな家の退屈にならんだ石坂みちをぐつぐつ下りて行った。みちに沿って水のながれているさまが、そう思ってみれば、古い温泉の町らしい感じをどこかにみせていた。――が、そこには、残る花の風情もなく、十分ほどで、わたしは、三階建の大きな、纏まりのない、いかにも宿屋宿屋したつくりの汚れ腐った玄関のまえに下された。

「こんなうちか?」

すぐ、そのとき、わたしはそう思った。――酷くあての外れたのを感じた。最も古く、最も大きいという意味を自分にばかり引きつけて解釈したわたしは、それとは似ても似つかないものを所詮は空想していたのだった。

案内されたのは三階の何番かだった。――そこへ行くまで、薄暗い廊下を、やや暫く右に折れたり左に曲ったりした。――せめてもの満足は客のすくないことで、同じように並んだ隣の室にも、その隣の室にも、人のいるらしいけはいがなかった。――空世辞をいう番頭のいなくなったあと、わたしは、障子の外に出て、欄干の下をみ下した。――玄関のまえの植込に、遠く、ぽッつりと一つ浮いた灯火の、しずかな、無心ないろが悩ましい東京のほうへわたしを誘った。