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きのう・きょう・あす

昨日・今日・明日

織田 作之助

「キング 三月号」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,018 字 · 24 页

青空文庫

きくと、ミネ子はわっと泣きだした。

「判った、判った。もう泣きな、泣きな。ミネちゃんが泣くと、おっさんまで泣きとなる」

しかし、なかなか泣きやまなかった。

「難儀やなア。もう泣きな。おっさんが今おもろい話聴かしたるさかい、涙拭いて聴きや」

そして、小声で落語を語りだすと、ミネ子ははじめ面白そうに聴いていたが、しかし直ぐシクシクと泣きだした。赤井の声も次第に涙を帯びて来て、半泣きの声になり、もうあとが続かなかった。そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。

「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」

浮浪者の中から、声が来た。

「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生やぜ」

言いながら、涕き声になると、ひしとミネ子を抱きしめて、

「ミネちゃん、おっさんの子になるか」

「なる。おっちゃん、ミネちゃんのお父ちゃんやな。ほな、ミネちゃんのお母ちゃんは……?」

「…………」

赤井は鉛のように寂しくだまっていた。眼の奥がじーんと熱くなり、そして、かつての落語家の頬をポトリと伝う涙は、この子の母親になる筈の自分の妻と、そしてこの子のきょうだいになる筈の自分の子を、明日はどこへ探しに行けば良いのかという頼り無さだった。