轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しょうわのじゅうよねんかん

昭和の十四年間

宮本 百合子

「日本文学入門」日本評論社、1940(昭和15)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,356 字 · 69 页

青空文庫

「批評とは己れの夢を語ることだ」というのが、当時の小林秀雄の思想の背景であって「あらゆる人間的真実の保証を、それが人間的であるということ以外に、諸君はどこに求めようとするのか? 文芸批評とても同じことだ」「プロレタリア派だとか、芸術派だとか云ってやぶにらみしているのは洵に意気地がない話である。」あらゆる芸術は精密な観念学に外ならない。そしてその観念学は常にその人々の全存在とその人の宿命にかかっているとする小林秀雄は、あらゆる芸術家と作品の中に「人間情熱の記号」「誠実な歌」「人間的なるもの」を掘り出すことを職務として表明したのであった。しかしながら彼の云う人間の全存在、或は宿命とは、その実質に何を指しているものであったろうか。芸術は人間的血肉の所産でなければならないという普遍性は、彼を待つ迄もなく古き一般論の土台である。彼の「観念学」はその倚ってかかっている特定の全存在、宿命の具体的な相貌を解きほぐす点になると遺憾ながら全く無力で、「作家が己れの感情を自ら批評するということと、己れの感情を社会的に批評するということと、現実に於てどこが違うか」と、いかにも当時の文学雰囲気の嫡子らしく、自己というものの社会性には目をそらしているのである。