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しょうわのじゅうよねんかん

昭和の十四年間

宮本 百合子

「日本文学入門」日本評論社、1940(昭和15)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,356 字 · 69 页

青空文庫

広津和郎がこの時代的な文学の紛糾摸索に対して「散文精神」を唱えたことも興味がある。「新しい散文精神は現実当面の問題――アンティ文化の嵐に直面して(中略)よくも悪くも結論を急がずに、じっと忍耐しながら対象を分析してゆく精神(中略)結論を急がぬ探究精神こそ」現代作家にとって何より必要なことではないのかというのがこの散文精神の骨子である。武田麟太郎が市井の現実にまびれることを新しい人間性発見への小路としたのとは異って、広津和郎のこの思想は、いわば前者が現実にまびれゆくという自身の意図に我から壮とする身振りをもじっと眺めてゆこうとする態度である。けれども、この結論を急がぬ探究精神が、社会と文学の現実に於て何かであり得るためには、現実の諸矛盾に「耐えてゆく非常に強い気力」が必要とされるばかりではなく、突入してゆく当面の現実に対してある評価判断の拠りどころが明確に持たれていなければならないだろう。自然主義的な「散文的」現実反映とこの散文精神の相違は、後者があくまでも社会現実に向って主動的なダイナミックな本質でなければならないことが唱えられた。しかしなおこの散文精神の提唱もその真の動性を可能ならせる内的な力を明かにし得ていなかったことは見逃し得ない点であろうと考えられる。