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ばんきく

晩菊

林 芙美子

「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页

青空文庫

二度ほど田部を尋ねて広島に行き、その後田部から幾度電報が来ても、きんは広島へは行かなかった。昭和十七年に田部はビルマへ行き、終戦の翌年の五月に復員して来た。すぐ上京して来て、田部は沼袋のきんの家を尋ねて来たが、田部はひどく老けこんで、前歯の抜けているのを見たきんは昔の夢も消えて失望してしまった。田部は広島の生れであったが、長兄が代議士になったとかで、兄の世話で自動車会社を起して、東京で一年もたたない間に、見違えるばかり立派な紳士になってきんの前に現われ、近々に細君を貰うのだと話した。それからまた一年あまり、きんは田部に逢う事もなかった。――きんは、空襲の激しい頃、捨て値同様の値段で、現在の沼袋の電話つきの家を買い、戸塚から沼袋へ疎開していた。戸塚とは眼と鼻の近さでありながら、沼袋のきんの家は残り、戸塚のすみ子の家は焼けた。すみ子達が、きんのところへ逃げて来たけれども、きんは、終戦と同時にすみ子達を追い出してしまった。尤も追い出されたすみ子も、戸塚の焼跡に早々と家を建てたので、かえっていまではきんに感謝している有様でもあった。今から思えば、終戦直後だったので、安い金で家を建てる事が出来たのである。