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ばんきく
晩菊
林 芙美子
「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页
「ええ、そうよ。このままですくすくとそだって行ったら、田部さんは大したものだったのね?」「じゃア、すくすくとそだたなかったって云うの?」「ええ、そう」「そりゃア、君のせいだし、長い戦争もあったしね」「あら、そンな事、こじつけだわ。そンな事は原因にならなくてよ。貴方って、とても俗になっちゃった……」「へえ……俗にね。これが人間なンだよ」「でも、長い事、この写真を持ち歩いていた私の純情もいいじゃアないの?」「多少は思い出もンだろうからね。僕にはくれなかったね?」「私の写真?」「うん」「写真は怖いわ。でも、昔の私の芸者時代の写真、戦地に送って上げたでしょう?」「どっかへおっことしちゃったなア……」「それごらんなさい。私の方が、ずっと純だわ」
長火鉢のとりでは、仲々崩れそうにもない。田部は、もうすっかり酔っぱらってしまった。きんの前にあるグラスは、始めの一杯をついだままのが、まだ半分以上も残っている。田部は冷い茶を一気に呑んで、自分の写真を興味もなく横板の上に置いた。「電車、大丈夫?」「帰れやしないよ。このまま酔っぱらいを追い出すのかい」「ええ、そう、ぽいと放り出しちゃうわ。