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ばんきく

晩菊

林 芙美子

「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页

青空文庫

広島まで田部を追って行った、あの時の苦労だけで、もうこの男とは幕にすべきだったと思うのだった。「何をじろじろ人の顔見てるンだ?」「あら、あなただって、さっきから、私をじろじろ見てて何かいい気な事考えていたでしょう?」「いや、何時逢っても美しいきんさんだと見惚れていたのさ……」「そう、私も、そうなの。田部さんは立派になったと思って……」「逆説だね」田部は、人殺しの空想をしていたのだと口まで出かけているのをぐっとおさえて、逆説だねと逃げた。「貴方はこれから男ざかりだから愉しみだわね」「君もまだまだじゃないの?」「私? 私はもう駄目。このまましぼんでゆくきり、二三年したら、田舎へ行って暮したいのよ」「ぼろぼろになるまで長生きして、浮気するって云ったのは嘘?」「あら、そんな事、私云いませんよ。私って、思い出に生きてる女なのよ。只、それだけ。いいお友達になりましょうね」「逃げてるね。女学生みたいな事を云いなさンなよ。ええ。思い出だのってものはどうでもいいな」「そうかしら……だって、柴又へ行ったの云い出したの貴方よ」田部はまた膝をぶるぶるとせっかちにゆすぶった。