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ばんきく
晩菊
林 芙美子
「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页
世間の老婆の薄汚なさになるのならば死んだ方がましなのである。――人の身にあるまじきまでたわわなる、薔薇と思えどわが心地する。きんは有名な女の歌ったと云うこの歌が好きであった。男から離れてしまった生活は考えてもぞっとする。板谷の持って来た、薔薇の薄いピンクの花びらを見ていると、その花の豪華さにきんは昔を夢見る。遠い昔の風俗や自分の趣味や快楽が少しずつ変化して来ている事もきんには愉しかった。一人寝の折、きんは真夜中に眼が覚めると、娘時代からの男の数を指でひそかに折り数えてみた。あのひととあのひと、それにあのひと、ああ、あのひともある……でも、あのひとは、あのひとよりも先に逢っていたのかしら……それとも、後だったかしら……きんは、まるで数え歌のように、男の思い出に心が煙たくむせて来る。思い出す男の別れ方によって涙の出て来るような人もあった。きんは一人一人の男に就いては、出逢いの時のみを考えるのが好きであった。以前読んだ事のある伊勢物語風に、昔男ありけりと云う思い出をいっぱい心に溜めているせいか、きんは一人寝の寝床のなかで、うつらうつらと昔の男の事を考えるのは愉しみであった。