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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

手を読む暇もなく三次は角道を止めた。

廊下をこっちへ、がやがやと人声が近づいて来る、部屋をひとつひとつ検めているらしい、男は手酌で一杯やると、

「うーむ、止めたか」

と仔細らしく腕組をした。そこへどかどかと跫音が近づいて来て、

「ええ御免くださいまし」

声をかけながら障子を明けた。宿の亭主をはじめ七八人の男たちが、向う鉢巻に尻端折り、六尺棒を持ってずらりと並んだ。

「おやおや、たいそうな出立だな」

男は振返って、「何かあったのかえ――?」

「お騒がせ申して相済みません、いま向うの離室へ泥棒が入りましたので、順繰りに見回っているところでございますが」

「そいつぁ物騒な、何か盗られなすったか」

「いいえ、幸いとお客様が早く気付いたので、べつに盗まれた物はありませんが、どうやら外から入った賊ではないようすゆえ、念のために検めておりますので」

「そうかえ、こっちゃあまたさっきから将棋に夢中で何も知らなかった」

男は部屋を指さして、「かまわないからこの部屋も検めていっておくれ」

「とんでもない、梅田屋の旦那のお部屋まで検めるには及びません、ちょっとお耳に入れていただいたばかりで――へえ御免くださいまし」