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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
……こんな処にこんな物を……と私はその時にちょっと首をひねったが、大方これは客人が落して行ったものであろう……それをボーイが見付け出してマントルピースの上に載せておいたものであろうと思い思い、何の気もなく開いて見ると、それは最新刊の和訳の聖書で、青縁を取った新しい頁に、顕微鏡式の文字がびっしりと詰まっている。……これは余っ程いい眼を持った人間でなければ読めないな……と感心しながら、なおも先の方の頁をぱらぱらと繰って行くうちに、忘れようとして忘れられぬヘリオトロープの芳香が、微かにその間から湧き出して来た。
その瞬間に私ははっと職業意識に帰った。一しきり胸を躍らした。あたりを見まわした。そうしてその聖書を手早く外套のポケットに辷り込まして、何喰わぬ顔で椅子に帰っているところへ、やっとボーイが珈琲を持って上って来た。
そのボーイに五十銭札を握らして燐寸を貰って敷島に火を点けながら、何でもないからかい半分の調子で色々と質問をしてみると、案外記憶のいい奴で、殊に岩形氏には多分のチップを貰っているらしく、その一挙一動にまでも眼を付けて記憶していたのは、時にとっての拾い物であった。