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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
私の頭髪が一時に逆立った。全身の血が心臓を蹴って逆流した。思わず椅子から立ち上って絶叫した。
「待てッ…………」
……それからどうしたか記憶しない。気が付いた時にはもう広場の真中に駈け出していて、向うから走って来た最前の鬚武者の巨漢ハドルスキーに背後から羽がい締めにされていた。
「きちがいだきちがいだ」
「摘み出せ――ッ」
なぞ云う声が八方から聞える。巡査と西洋人と人夫らしい男が二三名走って来るのが見える。
けれども私はそんな者を相手にする隙はなかった。それこそ本当の狂人のように身を藻掻きながら絶叫し続けた。
「……ここを放せ……放せ。危険だ。危険だ。次の番組をやってはいけない。馬の舞踏をやってはいかん。途中で馬が……馬が……ええっ。ここ放せ……ハドルスキー……放さぬか……ええッ……」
私の声は徒らに空を劈いた。場内は空しくワーワーと湧き立った。しかしハドルスキーは平気であった。足を宙に振り舞わして暴れる私を楽々と引っかかえて、一歩楽屋の入口の方へ歩み出した。その時に今まで静かであった音楽が、急に浮き浮きしたワンステップの愉快な調子に変った。これは演技が初まった事を知らせるので、この音楽に連れて楽屋の入口から、馬と美人が入れ違いに並んで、踊りながら出て来るのであろう。