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ダーク・ミニスター

暗黒公使

夢野 久作

「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页

青空文庫

この世にありとあらゆる威嚇の中でも唯一無上の「死の威嚇」が、この女に限っては何等の効力も示し得ない事を覚ったのである。眼の前に立っている美しい幻影が、恰も影法師か何ぞのように生命の価値を知らぬ存在である事を知ったのである。

ゴンクール氏の意識から見ると「死」は凡ての最後であった。しかし女にとっては「死」が仕事の出発点であった。ゴンクール氏の仕事は生きた人間の世界で価値をあらわす仕事であった。これに反して女の仕事は死んだ人間にとってのみ価値あるものであった。死んで行く人……もしくは死んだ人のために死を覚悟して……言葉を換えて云えば死の世界から死の仕事をしに来ているのであった。それはゴンクールが生れて初めて聞いた仕事であった。実際に見た事のない異国人の愛国心であった。事実にあり得ないと考えていた白熱愛のあらわれであった。かくして以前のロッキー山下の禿鷲。殺人請負の大親分。今の米国の暗黒境王。ウオール街の暗黒公使、J・I・Cの団長ウルスター・ゴンクール氏は、この女が顔を見合わせた最初から、自分と全然違った世界に居た者である事を拳銃を突き付けてみた後にやっと気付いたのであった。