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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
そのたった今嚥んだばかりの毒液に潤うた唇は、血のようにぶるぶるとふるえつつ、次第次第に傾いて行く漆黒の頭髪の蔭になって、見えなくなって行った。その頭髪の中から、たった一つ生き残った大きなダイヤがもう一度燦然と輝き現われて、おびただしい七色の屈折光を廻転させつつ、ぎらぎらと眼を射たが、それもやがてゆらゆらと傾いて行く髪毛の雲に隠れて、オーロラのように見えなくなってしまった。
女は死んでしまった……。
……けれど時計はまだ、その閑静な音を打ち止んでいない。霧の中から洩れ出す教会の鐘の音をさながらに、悠々と……四つ……五つ……六つ……七つ……八つ……九つ……最後のカラ――ンという一つは室の中の小宇宙を幾度もめぐりめぐって、目に見えぬ音の渦を立てながら、次第次第に、はるかにはるかに、遂に聞えなくなってしまった。
それと同時に室の一隅から、不可思議な怪しむべき幻影が、足音もとどろに室の中央によろめき出た。その乱れ立つ黄色の頭髪……水色にたるんだ顔色……桃色に見える白眼……緋色に変った瞳……引き歪められた筋肉……がっくりと大きく開いた白い唇……だらりと垂れた白い舌……ゆらゆらとわななく身体……その丸卓子の上に両手で倚りかかって、女の方を屹と覗き込んだ姿……それは最早人間でもなく、鬼でもなく、又幽霊でもない。