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さいこにほんのじょせいせいかつのこんてい
最古日本の女性生活の根柢
折口 信夫
「女性改造 第三巻第九号」1924(大正13年)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,493 字 · 19 页
それがさらに頽れて、現に妻として夫を持っている者にも、巫女の資格は認められていたと見える。「神の嫁」として、神にできるだけ接近してゆくのが、この人々の為事であるのだから、処女は神も好むものと見るのは、当然である。斎女王も、処女を原則としたが、なかには寡婦を用いたこともある。
しかし、このいま一つ前の形はどうであろう。村々の君主の下になった巫女が、かつては村々の君主自身であったこともあるのである。魏志倭人伝の邪馬台国の君主卑弥呼は女性であり、彼の後継者も女児であった。巫女として、呪術をもって、村人の上に臨んでいたのである。が、こうした女君制度は、九州の辺土には限らなかった。卑弥呼と混同せられていた神功皇后も、最高巫女としての教権をもって、民を統べていられた様子は、日本紀を見れば知られることである。万葉人の時代でも、女帝にはことに、宗教的色彩が濃いようである。喜田博士が発見せられた女帝を中天皇(万葉には中皇命)と言うのも、博士の解説のように男帝への中継ぎの天子という意でなく、宮廷神と天子との中間に立つ一種のすめらみことの意味らしくある。古事記・日本紀には天子の性別についても、古いところでは判然せない点がある。