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つきかげ

月かげ

豊島 与志雄

「婦人公論」1924(大正13)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,867 字 · 14 页

青空文庫

「まあ、嫌ね。何していらっしゃるの。」

或る晩もそう云ってお光に起されて、私ははっと我に返った。そして杯を取上げたが、銚子の酒はもう残り少なに冷たくなっていた。

「熱いのを持ってきて上げるから、もっとはっきりなさいよ。」

欠伸でそれに答えておいて、あたりをぼんやり見廻すと、先刻の不良少年らしい四人連れや、職人めいた二人連れは、もういつのまにかいなくなって、私一人取残されていた。いやに静かな変な晩だな、と思ったが、その瞬間に気がついた。私一人ではなくて、室の隅っこにも一人青年の客がいた。

二十四五歳のその青年を、私は何度かそのカフェーで見た。カフェー以外でもっと親しく近々と見たような、妙な印象があったけれど、それははっきり思い出せなかった。ただ、他人を馬鹿にしたような、もしくは自分自身を馬鹿にしたような、そして何処か釘が一本足りないような、変梃な感じだけがはっきりしていた。髪を長くした痩せ形の美男子で、両手か両足か両耳か、何でもそういった左右の部分に、どこか不釣合な不具な点がありそうな身体付だった。

もう一時近くで、窓のカーテンも下ろされ、表の硝子戸には白布が引かれていて、室の中がただ白く明るかった。