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つきかげ

月かげ

豊島 与志雄

「婦人公論」1924(大正13)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,867 字 · 14 页

青空文庫

助かった、という気持で私は眼を外らして、時計の方を仰いだが、その瞬間に、彼は立上って、よろよろした足取りで私の方へやって来た。

「暫くでした。」

何の奇もない普通の挨拶だった。

「暫く。」と私も機械的に応じた。

「其後如何です。」と彼は重ねて云った。

「え。」

「球は……。」

よく覚えてるな、と私は思って、ただ笑みを浮べたが、彼はもうにこにこ笑いながら、私と向合って腰を下ろしていた。

「これから二三ゲームやりに行きましょうか。」

「でも、もう一時だから。」

「そうですね。」

事もなげに答えてから、彼はまたにこにこしながら私の方をじっと見つめてきた。

私は変に気圧された心地になって、てれ隠しに煙草を吸い初めた。そこへ、お光が銚子を持ってきた。

彼女はいつにない鹿爪らしい顔をして、二三歩離れた所につっ立って、不思議そうに私達の様子を見比べた。

「まあ坐ったらいいじゃないか。」

返辞に迷ってる彼女の様子を見て、私は急に一瞬前の気まずさから脱して、却って可笑しな愉快な気分になった。

「おい杯をも一つくれよ。この人は僕の旧友だったんだ。それを今思い出したってわけなんだ。」

「杯ならありますよ。