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つきとてぶくろ

月と手袋

江戸川 乱歩

「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页

青空文庫

しかし半年前に元利ともきれいに払ってしまった。だから股野に会うことを躊躇する理由はそれではなかった。

股野重郎の細君のあけみは、もと少女歌劇女優の夕空あけみであった。男役でちょっと売り出していたのを、日東映画に引き抜かれて入社したが、出る映画も出る映画も不成功に終り、腐りきって、身のふりかたを思案していたとき、股野に拾われて結婚した。元男爵と財産に目がくれたのである。シナリオ・ライターの克彦は、日東映画時代の知り合いであったが、あけみが三年前股野と結婚してからも、時たまの交際をつづけていた。それが、半年ほど前に、妙なきっかけから、愛し合うようになって、今では股野の目を盗んで、しばしば忍び会う仲になっていた。

抜け目のない股野が、それを気づかぬはずはない。だが彼はなぜかそ知らぬふりをしていた。時たま厭味のようなことを云わぬではなかったが、正面から責めたことはない。細君のあけみに対しても同じ態度をとっていた。

(しかし、今夜は破裂しそうだ。是非話したいことがあるからといって、おれを呼びつけた。二人をならべておいて、痛烈にやっつけるつもりかも知れない)

表面は晩餐の招待だったが、三人顔を合わせて食事をするのは、猶更らたまらないと思ったので、用事にかこつけて食事をすませてから、やって来たのである。