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つきとてぶくろ

月と手袋

江戸川 乱歩

「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页

青空文庫

持久戦だぞ)

工場の煙突の上に巨大なまっ赤な月が出ていた。しかしあの夜の満月とちがって、今夜は片割れ月だ。まがまがしい片割れ月だ。

(このお化けみたいな赤い月が、おれに人を殺させたんだ。あの夜の月はたしかに凶兆だった。だが、今夜の月は……)何の凶兆なのであろう。「キクッ、キクッ」という、いやな声が、寝室の中から聞えて来た。ああまた泣いている。あけみが小娘のように泣いているのだ。克彦は両手で頭を抱えて、ソファの中で、からだを二つに折った。キリキリと揉みこむような頭痛をこらえながら。

(まだ負けないぞ。いくらでも攻めて来い。おれは、あくまで、へこたれないぞ)

それから睡眠薬の力で泥のような眠りについたが、朝、目がさめると、また気力が回復していた。

「オイ、今日はふたりで散歩に出よう。いい天気だ。動物園へ行ってみようか。そして精養軒で食事をしようね。うちにとじこもっていたって仕様がない。尾行なんか平気だよ。尾行に精養軒をおごってやろう。そして、存分からかってやろう」

女中のきよが、びっくりして見送った。ふたりは銘々に一ばん気に入りの外出着を着て、腕を組まぬばかりにして門を出た。