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あさのかぜ

朝の風

宮本 百合子

「日本評論」1940(昭和15)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页

青空文庫

この町にそうやって紅い友禅の色が見えはじめたということはとりも直さず、それにつづいてもっと大きな変化がおこって来る潮先の徴候であった。

春になると、改正道路の裏にある腐れかけの四軒長屋の一区画がとりこわされて、そこへ機械工場が新しく建った。タイム・レコーダアをおして職工や女工が事務所口から入って行った。ダットサンがとまって中から役人風の男が出ると、運転していた国防服があわてて事務所口へ案内した。そこらに見ていた事務員たちが、道をよけて一斉に頭を下げた。そんな光景も界隈としては目新しい。

そこらあたりから屑鉄屋、鋳物工場、機械工場といろんな下請工場がどっさりあって、その金網つきの真黒によごれた窓の下で日中働いている若い男たちの青春を撫でながらむしりとる触手のように、カフェー街が刺戟的な色をぶちまけて並んでいるのであった。

正午のサイレンが鳴ると同時に、工場の裏口から馳け出して来る女工たちのエプロン姿にも活気があった。互に声をかけ合いながら女工たちはそれぞれ曲りくねった路地の間へ素早く消えた。昼飯には戻って来る亭主がある。そんな急ぎかたの女もいる。