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あさのかぜ
朝の風
宮本 百合子
「日本評論」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页
朝夕に映る町の変化をひきまとめて一本つよい線を引いたように、その町の裏を市電が開通した。
電車がとおるようになって間もなくの或る日であった。
サヨは、棒鱈と豆もやしの桶をならべた暗くしめっぽい店だの古綿打直しやの店だのの並んだ横丁をぬけて、開通したばかりの電車通りへ出てみた。ごたごたした狭い通りからそこへ出た目はおどろくほどあたりが閑静で、右手のずっと遠くの終点には商店の赤い幟旗なども見えるが、左は遙かな坂で、今は電車が一台も通っていない真昼の広々とした通りが、しん閑と白雲の浮んだ空へ消えこんでいる。雑木林がすぐそこにあった。雑木林では欅だの楓だののいろんな樹木が、次第に光と熱とをまして来る春の陽の下で芽立っている最中である。尖った緑の珠のような点々がこまかいあみめとなってよりあって、注ぎかかる日光を余念なく吸っている。
サヨは心持もちあげた白い柔かな顎にこまやかな艶をうかせながら、暫く歩道からその雑木林をうっとり眺めていた。それから、白い裳をふくらませて大股にゆく半島人の婆さんと車道を横ぎって、向い側の小路へ入った。再びごたごたして不潔な通りがはじまった。