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あさのかぜ
朝の風
宮本 百合子
「日本評論」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页
新学期でどうっとふさがりましたからね。やすい代り、台所が共同なんでね」
すこし笑い顔になって、その不便もみとめている。礼を云ってそこを出て、動揺した切ない心持のままサヨは、元来た三つまたの方に向って歩いた。この界隈に執着してうろうろとあるきまわっているのであったけれど、近くなればなるほど近さが強調して感じさせる重吉との距離の不自然さが生々としてサヨを苦しますのであった。苦痛とたたかって、自分の心と体とをそれから引はがそうとするような気力をあつめて、サヨは省線に乗った。
竹藪のよこの足場のわるい石ころ坂道をのぼり切ると、更に石段があって、古びた門にかぶさるようにアカシヤの大木が枝をのばしている。その門のなかに友子夫婦の住居があるのであった。八つ手の植った格子をあけようとしたが、建てつけが歪んでしまっていて容易に動かない。幾度かやってみて、遂にサヨは、
「友子さアーん」
と大声で呼んだ。気をつけながらいそいで二階から下りて来る友子の気配がした。この古い家は梯子段の間がなみよりも遠くて、もう何年も棲んでいる友子でも気がゆるせないのであった。
「ほんとに、この家ったら!」