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あさのかぜ
朝の風
宮本 百合子
「日本評論」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页
そのとき乙女は、相変らず小柄な体に派手ななりをして、長い両方の眉毛をつりあげるようにして下唇をなめる昔の癖を出しながら、そりゃ一緒に暮して行ければ、あたいもいいと思う、と云った。そして、もう一度上唇と下唇とを丁寧になめると、けんどね、と力をこめて目を据えるように、もしあたい一人になったりしちゃって、困らないだろうか。サヨ子さんたちは、そういうときでもちゃんと成長してゆけるけど、あたいはやっぱり普通の女で、そうやっていたっていつまでたっても、普通の女としてのこるばっかしだろう。
野兎のおどろいた時のような素朴な美しい感じの顔をしていた乙女が、いつ友達の女たちと自分の一身との間にそんな区別をおいて身をしさらすことを覚えたのだろう。そう思ってサヨはその時大変悲しかった。
その時分に、勉が生前知り合いだった画家との間がどうこうという話があった。
「勉さんがあんまりストイックだったから、乙女さんの気持もわかるようなところもあるけれど……でもね」
その画家を勉がしんからすいていたとはいろいろな事情から考えられなかった。勉が善意に生きて死んだ熱心さが、妻である乙女の躯でどうでもいいものとされているとすれば、それは、死んだひとにとっても生きている自分らにとっても一つのむごたらしいことだとサヨには思えるのであった。