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あさのかぜ
朝の風
宮本 百合子
「日本評論」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页
そのくらいのつつましいうれしいことは、妻である自分の身にあってもよさそうに思えた。
当日になると、サヨは友子と池袋の駅で待ち合わせて、そこからバスにのった。そのバスも初めてであったし、ある学校の前で降りて呉服屋の角を曲る、その道も、まして原っぱは初めて見るから、サヨは物珍しさの抑えられない面持で歩いた。同じ方角へぞろぞろと人が行っていて、紋付の羽織姿の奥さん風の女も幾人かそこにまじっている。道端に自動車が二三台待っていた。紅白の布をまきつけたアーチが賑やかに立っている。サヨは、
「どこから入るんでしょう」
と、はずむ息をおさえるような顔をして、そのアーチの奥や、ずっと塀に沿った遠くの別な門をのぞいた。雨上りの日で、そこらあたりはサヨの靴が吸いとられそうに赭土が泥濘っているのである。
「何だかわからないわねえ」
靴をよごして、落胆した様子で戻って来るサヨを、友子が手をあげておいでおいでをした。
「ちょっと、一般に見せるっていうのはここなんですってさ」
「ここ?」
「ええ」
二人は腑に落ちない顔つきでうしろのテント張の場所を見やった。足元をよくするためにコークスのもえがらを敷いた空地に天幕張があって、そこには共進会のように新しいおはちだの俎板、盥、大笊、小笊、ちり紙、本棚、鏡台などという世帯道具がうずたかく陳列されている