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あさやけ

朝やけ

豊島 与志雄

「光」1947(昭和22)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,795 字 · 24 页

青空文庫

よせばよいのに、喜久子は追求してるのだ。

「酒を飲む時だけ。」

「そうね、酒を飲む時と、音楽を聞いてる時と、映画を見てる時と……。」

「あのひとと逢ってる時。」

「あら、いやあだ。それから、ここのマダムと逢ってる時……。」

「ここのマダムは、お酒でしょう。さあ、お飲みなさいよ。」

彼女がビールをついで、それにまたウイスキーを垂らそうとすると、彼はくねくねと手を振った。

「そんな強いの、あたし、もうだめよ。ずいぶん酔った。階段から転げ落ちて、あしたの朝、死んでたなんて、惨めでしょう。そこまで、送って来てよ。」

スタンドに両腕を投げだし、しなやかに肩をくねらしてる、その姿態は、それでも醜くはなかった。頭髪をきれいにポマードで光らせ、格子柄の茶色の背広をきっちりまとい、胸ポケットから真白なハンカチをのぞかしてる、三十歳前後の好男子なのだ。

おれはたて続けに二本目の煙草を吸って、ちょっと外へ出てみた。大気は淀んでいた。空は暗く、星の光りはかすんでいた。街衢の灯は乏しく、あちこちに焼け残りのビルが真黒くつっ立っていた。陰欝な夜と眺望だ。――今朝のこの清冷な朝焼けとは、まるで雲泥の相違だった。