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こかげのえん
木蔭の椽
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,182 字 · 5 页
Yの立ったばかりのところだから、何となく愛を感じ、私はその書きそこないを手にとりあげた。ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思ったが、直ぐ別な直覚が起った。私共は、昨夜、一晩じゅう留守であった。とめが書いた字だ。
然し、このことは、私に却って鼻柱に皺のよるような苦笑を与えた。とめにアテナは大層ハイカラーに見えたのだろう。それで、一寸椅子にかけ、花の飾ってある机に向い、アテナを使って友達に手紙でも書いて見たかったのであろう。私にも、このような気持には覚えがある、十二三の頃、父が事ム所のタイプライター用紙を一箱だけ家に持って来たことがある。頁の右肩に英語で肩書や住所などの印刷された、純白で透し模様のあるパリパリした薄い紙はどんなに私を誘惑しただろう。どうか使って見たい。一度、あの紙で手紙を書いて見たい。私は、到頭その紙をそろりと引出し、一大事のような亢奮を覚え乍ら、それで手紙を書き、友達に出した。その友達が、お手紙有難うと云ったぎりで、あのエクサイティングな紙については一言も言及してくれないのが、非常に物足りなかった。