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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
その時私は、彼女の一家の静かな生活を眼の前に浮べた。毎日読書や囲碁に耽ってる長髯の父親、女学校を出たばかりの甘やかされた無邪気な彼女、眼のくるりとした快活な女中、それだけが彼女の一家だった。母親が亡いことも、京都大学に通ってる兄が不在なことも、その一家にとっては何等の空隙をも与えるものではないらしかった。私は遠い故郷の家に対するような懐しみを覚えた。……そうだ、あの父親をも喜ばしてやろう。静子は父に私のことを話したに違いない。父は彼女にポーズすることを許すに違いない。私は父と彼女とに、こちらから先に感謝の贈物をしよう。真珠の指輪と、それから……父親へ大島絣の反物か何かを、黙って贈ることにしよう。
私は自分の妙案に微笑んだ。それは全く、朝日の光りの中で考えるのにふさわしい考えだった。私は丁寧に顔を洗い、髯を剃り、着物を着換えて、それから、喫驚してるお上さんの言葉に碌々耳も傾けず、朝食も取らずに、洋封筒の金を懐にして出かけた。親友の河野を誘って買物に行くつもりだった。
河野の下宿に行って見ると、河野はまだ起きたばかりの所だった。私はいきなり云った。
「おい、すぐに出かけるんだ。