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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
大きな不幸が今にも落ちかかって来るような、不吉な予想が私を囚えた。
私は其処の垣根に身を寄せて、じっと眼をつぶった。何の物音も聞えなかった。堪らなく淋しくなった。静子、静子、と口の中でくり返してみた。長い間だった。
私は遂に待ちきれないで、一歩踏み出そうとした。その時、すぐ近くに、喫驚するほどの近くに、格子と門の戸との馬鹿に大きな音を聞いた。私はぎくりとして飛び上った。それから自分の心臓の鼓動に意識が集められてしまった。何にも覚えなかった。肩を叩かれてふと気付くと、其処に河野が立っていた。私は無言のまま十歩ばかり駆け出した。
「ああ危なかった。」と河野は私の後から追っかけて来ながら云った。「初め表からそっと中の様子を窺ったが、何の音もしないんだろう。もう寝たのかと思った。すると、煙草盆の音がしたんだ。これは屹度、君が云った碁の客だなと直覚した。全く直覚だった。すぐその後で、笑い声と共に碁石の音がかすかに聞えた。しめたなと思って、そっと門の戸に手をかけると、少し開いた。玄関には開扉が寄せてあったが、まだ締りはしてない様子だ。丁度いいと思って、いきなり中に飛び込んだものだ。