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みらいのてんさい

未来の天才

豊島 与志雄

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页

青空文庫

憂欝であるような気がし、更になお見つめると、単なる感傷に過ぎないような気がした。もっと力強い晴々としたものが、苦闘のうちにもあるべきだった。モナ・リザの方にしても、あの威嚇的な背景にもっと動きがほしかった。両手を組んで謎の微笑を浮べてるあの平静さも、何となく物足りない気がした。私は彼女に深い夢と躍り立つ喜びとを与えてやろう! そう思うと、胸があやしく震えてきた。私の彼女よ、私の彼女よ、……彼女はどんなに愛に満ち充ちていることだろう!

静子という名前までが、実にいい響きを持っていた。私は立上って、窓を開いて眺めた。晩春の光りが、彼女の住む家を包んでいた。家根の瓦が一枚一枚鱗のように光っていた。板塀越しに見下せる庭の片隅に、松と檜葉との黝ずんだ緑の間から、なよやかな楓の枝が伸び出して、可愛いい若葉を開いていた。

新緑の喜びと愛とが私の胸に溢れてきた。私はそれを表現せずにはいられない衝動を感じた。彼女にポーズして貰おう。そして傑作を作るのだ。そのことのために五百円を使うことにしよう。それはまた、伯父の心にも最も添うわけだった。

輝かしい途が見出せると、もう一刻も猶予していられなかった。