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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页

青空文庫

、イタリア恢復のために孤軍をもって見込なき戦闘をやったのと相対比して、無限の興味をひき起こさしめる。他日機会を得たならば、余はこの近江征伐を論じてみたいと思う。

義尚将軍の鉤りの里の陣は、応仁の一乱によって促進された大勢に、さらに動かすべからざる決定を与えたものだ。荘園制度の持ち切れないものなること、頽勢の挽回し難きものなることは、この征伐の不成功によっていよいよ明白になった。秀吉の時にて荘園が全然日本に地を掃うようになったが、その実この掃除は足利時代の後半において引き続き行なわれたので、その荘園取り払いの歴史中で、近江征伐のごときは正に一つの大段落を劃するものだ。約言すれば応仁の乱があり、それからして近江征伐が文明年間の末に失敗におわると、その後はいよいよいわゆる天下の大乱となり、京都はその主なる舞台として物騒を加えるのである。京都市中の警察には細川、赤松らの大名その任に当っているわけであるけれど、直接その衝に立つものは、安富とか浦上などの被官人で、所司代の名をもって職権を行使しておった。しかし決して熱心な警察官とはいい難く、騒擾はなはだしきに及びてようやく手を下すのであるから、それらの力によって京都の粛清が十分にいたされ得たのではない。