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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页
この論はわれわれの祖先の名誉を発揮する所以のものであるからして、それがもしはたして真を得ている論であるならば、これに優る結構なことはないのである。しかしながら退いて考えると多少ショウヴィニズムの臭がある。この種の論者の論拠とするところは、大宝の律令をもって唐の律令に対照し、その全部が彼の模倣でなく、所々にわが国情に適するごとき修正を加えているという点を力説するにあるのであるが、これははなはだ強くない論であるので、全然彼を模倣してはおらぬと言うだけでは、輸入分子を主としておらぬという証明にはならぬ。もし当時の日本の指導者が、行き届いた細心をもって取捨を行ない、己を主として然る後に彼に採るところがあったとすれば、換言すれば彼らのやり方が進歩的保守主義であったとすれば、藤原時代の文明というものは、決して然るがごとく早く行き詰まるはずのないものである。予の見るところではどうしても彼を本にしてこれに若干の修正を加えたと考えるほかはない。
すでに彼を主にしたといえば、次に起こってくる問題は、そのこれを輸入した当時の彼国の文明の如何なるものであったかというまでに及ぶのであるが、隋唐の文明はこれを輸入した当時のわが国のナイーヴなのに比べて、宵壌の差ある優秀のものであった。