轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页

青空文庫

要するに幕府が鎌倉からして京都に移されるとともに、せっかく鎌倉に出来かけた新しい文明の気運はここに萎靡し果てて京都のみがまた旧のごとく文明の唯一中心となるに至った。しからばその京都はどんな有様であったか。

奈良朝以前から輸入されきたった文明は、平安奠都によって京都において涵養され、爛熟し、しかして行き詰まったのであるが、さてこの文明とともに終始すべき運命の京都も、またその文明の行き詰まりとともに行き詰まった。時代の推移に従う多少の変化を容るる余地がまったくなくなったというでは無論ないけれど、その大体において京都はすでに都会として出来上がってしまった。根本的の変更をなすことのとうてい不可能なほどに出来上がってしまった。本邦には珍しい、むしろ支那式ともいうべき都市生活が発達してしまった。かかる高度の文明を具体した京都は、将軍の幕府が鎌倉から引き移って来たからとて、それがために鎌倉式に成るものではない。その鎌倉すらも実は末になるにしたがって、だんだん京都風になりかけておったのであるからして京都が今度そのかわりに征夷将軍牙営の地となったからとて、その故に京都の趣が大いに替わるということのあるべきはずがなく、かえりて反対に将軍が鎌倉時代よりもいっそう公卿化したのである。