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まつばやしへんや

松林蝙也

山本 周五郎

「キング」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,092 字 · 25 页

青空文庫

「失礼ながら不意に踏込むほうが仕損じのないように思われまするが」

「場合によってはそうかも知れぬ」

蝙也は微笑して、

「しかし、不意を襲っても心得のある者なら狼狽はしないし、却って絶体絶命、窮地の勇を与える怖れがあろう。先に知らせておけば、いよいよ来たかとまず覚悟をするが、一応は斬ひらいて遁れるだけは遁れようと念う。これが心の虚だ――その虚を与えるためにあらかじめ、や、亭主が戻って来たようだ」

「あ、あの、お武家が刀を抜いて」

亭主が喚きながら戻って来るのを、蝙也は、押しやって伝右衛門に振返り、

「梯子段の下にお待ち願いたい」

そう云い捨てると、例の布に包んだ鉛の塊を右手に持って、どしどしと跫音荒く梯子を登って行った。

二階の上り口には、当の椙原武太夫が待受けていた。梯子口のことで暗いが、登って来る跫音と人影は見誤まるべくもない、――居合腰になって呼吸を計る、刹那!

「武太夫、上意だ!」

と蝙也が叫ぶ、同時に武太夫の剣が、光のごとく蝙也の頭上へ打下ろされた。――まさに頭蓋骨を斬割った手耐え、(これは蝙也が鉛の塊を投付けたのである。その手耐えは実に骨へ斬込むのに似ているという。