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まつかぜのもん

松風の門

山本 周五郎

「現代」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,862 字 · 26 页

青空文庫

治右衛門は彼の亡父と親しい人で二男二女があり、その長女うめと彼とは親たちに依って許嫁の約を結ばれていた。

池藤八郎兵衛という名が、ああ、あの神童の小次郎か、と人々の記憶に甦えってきたのは、三年まえそのうめとの婚礼が行われてからのことだった。婚礼はめでたく行われたが、彼はうめを近づけなかった。夫婦は別棟に住んだまま半年あまり経った。それで遂にうめは耐兼ねて実家へ逃げ帰った、尤も治右衛門がそれを許す筈はなく、直ぐ自分で連戻したうえ、八郎兵衛の存意をたしかめた。彼は別に他意のないようすで、――うめはまことに善き妻です、拙者が未熟者なので御迷惑を掛けました。そう云ってうめを引取った。

けれどその後も矢張り夫婦とは名ばかりの生活が続いた。うめを嫌っているのかと思うとそうでもなし、なんのためにそんな不自然な生活をするのか誰にも分らなかった。神童と云われただけにどこか人と違っている。なにか体に欠陥でもあるのだろう。それともまだ子心が失せないのか。そんな批評が家中の人々のあいだに弘まった。……然し八郎兵衛はまるで気にもかけず、極めて無関心な、ぼやっとしたようすで日を暮していた。