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そめきちのしゅぼん

染吉の朱盆

国枝 史郎

「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,824 字 · 35 页

青空文庫

「困ったな、仕方がねえ、勿体ねえが名乗ってやろう」

そこで叱したものである。

「やい、手前達、途法もねえ馬鹿だ! 俺を誰だと思っている! 皆川町の岡八だぞ!」

果然こいつは効果があった。

「えッ」という声が先ず聞え「しまった!」という声がすぐ聞えた。

「お逃げよ!」と続いて女の声がした。

と、バタバタと足音がして、後はシーンだ、静かなものだ。

「よし」というと岡引の岡八、ピタリと地面へ腹這いになった。「根岸の方へ逃げやがった。ふふん」というとヒョイと立った。「いよいよこれで見当がついた」

ジメジメと肌が汗ばんでいる。カッカッと頭が燃えている。胸の動悸も相当高い。

「闇討ちだったから驚いたのさ。……闇討をするものは岡引だと、昔から相場が決まっているのに、今夜はそいつが逆だったからなあ。……さあて、これからどうしたものだ? まんが悪いからひっ返すかな? そうして死絵を調べるとするか? ……だがどうもこれじゃァひっ込みがつかねえ。構うものか。行く所まで行こう」

根岸の方へ下ったが、忽ち大難にひっかかってしまった。

七

今日の上根岸、百十八番にあたるあたり、その頃は空地で家などはなかった。