轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

明治三十三年の春頃であったか、福岡名産、平助筆の本舗として有名な富豪、故河原田平助翁の還暦の祝賀能が二日間博多の氏神櫛田神社で催された。番組は記憶しないが、京都から金剛謹之介氏が下って来て、その門下の「土蜘」、謹之介氏の「松風」「望月」なぞが出た。筆者はその時十二歳で「土蜘」のツレ胡蝶をつとめた。

その謹之介氏の「松風」の時、翁は自身に地頭をつとめたが中の舞後の大ノリ地で「須磨の浦半の松のゆき平」の「松」の一句を翁は小乗に謡った。これは申合わせの時にもなかったので皆驚いたらしかったが、何事もなく済んでから、シテの謹之介氏は床几を下って、「松の行平はまことに有難う御座いました」と翁に会釈したという。

明治三十七年十月八日九日両日、門弟中からの発起で翁の八十八歳の祝賀があった。能は両日催されたが、翁の真筆の賀祝の短冊、土器、斗掻、餅を合せて二百組ほど諸方に送った。

二日の能が済んだ後、稽古所で祝宴があった。能の祝宴も皆弟子中の持寄りで、極めて質素な平民的なものであった。

明治二十五年四月一日二日の両日、太宰府天満宮で菅公一千年遠忌大祭の神事能が催された。