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かんおけのはなよめ

棺桶の花嫁

海野 十三

「ぷろふいる」1937(昭和12)年1~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,845 字 · 86 页

青空文庫

と、思うと電気にかかったようにヒョイと身体を起すと、彼に取りすがった。

「ねえ、あんた。思い切って、あたしの手首を切り落として下さい。刃物を持っていないの、あんた。刃物でなくともいいわ。瓦でも石塊ででもいいから、たった今、この手首を切りおとしてよゥ。さもないと、あたしは、焼け死んでしまうよォ」

明らかに女は、極度の恐怖に気が変になりかけているのに違いなかった。そのとき、一陣の熱気が、フーッと彼の頬をうった。そうだ、女の云うとおり、彼女はいま焼死しようとしているのだ。とういとう提灯屋の屋根の下からチラチラと紅蓮の舌が見えだした。杜は女の肩に手をかけた。

「そうだ、お内儀さん。いまが生きるか死ぬかの境目だッ。生命を助かりたいんなら、どんな痛みでも怺えるんだよ」

女はもう口が利けなかった。その代り彼の方を向いて大きくうち肯き、自由な片手を立てて、彼の方をいくども拝むのであった。

杜はその瞬間、天地の間に蟠まるあらゆるものを忘れてしまった。ただ女の手首を棟木から放すことのほか、地震のことも、火事のことも、身に迫る危険をも指の先ほども考えなかった。

彼は決死の勇をふるって、女の腕をギュッと握り締めた。