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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

「万一の時には、私がついていますから、心配はいりません。」

「ははは、そう気をもまんでもいいよ。」

「然し、先生は、どうも呑気だから、うっかりするとひっかかりますよ。」

「そこは、注意してるよ。」

「用心していて下さい。」

「ああ、大丈夫だ。まあ飲めよ。」

そして、不思議なことには、竹山が落付いてくるにつれて、川村さんの方が何か気懸りらしく、竹山の様子をそれとなく観察しだしたのだった。それと共に、妙に考えこんで、憂欝な影が眼の中にさしてきた。

「どうだい、お母さんは……。」

「ええ、母は……。」

云いかけて竹山は、ふいに思いだしたように、あらたまってお辞儀をして、先刻の届物の礼を述べた。

「ほんとに喜んでいました。涙ぐんでいました。……そうだ、私を待ってるんです。もう用はありませんね。」

「まあ飲んでいけよ。」

「また来ます。母が待ってるんです。」

そして竹山は、も一度室の中を見廻したが、立上ったとたんに、違い棚の方へ眼をつけて、つかつかと寄っていった。その時、川村さんははっと顔色をかえた。

「それ、いけない。」

川村さんが叫んでつっ立った時、竹山の手には、違い棚の上の小さな袱紗づつみが握られていた。