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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

木の葉にちらつく日の光のようなものが眼の中にあって、それが淡い香水のにおいといっしょに、良一の方へおそってきた。

女が出てゆく後ろ姿を、良一がけげんそうに見送っていると、川村さんは事もなげに云うのだった。

「ちょっと、手伝いに来てる女だよ。」

「ひどくお悪いんですか。」

「なあに、心配して来てくれてるんだが、ただの感冒だ。熱が少し。九度五分ばかりあるきりで、それも、すぐにさがる筈だ。」

ただの水枕きりで、氷もあててなかった。頬が少し赤くほてってるだけで、元気ではっきりしていた。酒に強いと同じに、熱にも強い、四十度くらいまでは平気だ、と彼は笑っていた。そして良一の旅の話をききたがった。

「奥日光……あの辺はいいね。戦場ヶ原から湯本温泉へかけて……。あすこに、温泉の湖水があるのを知ってるかい。湖水のふちから熱湯がわきだして、それが一面にたたえている。そして湖水の底からは、清水がわいている。そこに姫鱒が養殖してある。釣りに出ると愉快だよ。舟にのって出かけるんだが、よく釣れる。針にかかったやつを、ゆっくり遊ばせながら引上げると、湖水のおもては熱い湯だろう、手元にくるまでには、鱒がほどよく煮えて、それを、酢醤油で食べるってわけだが……。