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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

川村さんの知り合いの人だとも云った。ところが、その頃僕は酔っ払うと、しきりに椎の木の話をはじめ、ハラゴンに対する憤慨をのべ、どこのどいつだというような調子だったものだから、それは「椎の木の先生のハラゴンさん」みたいな話だとまぜっ返す者がでてきて、彼女はつい、竹山という実際の人だと口を滑らしたらしい。多少酒のまわってる芸者どうしの饒舌なので、実際のところはどうだったかはっきりしない。

ただそれだけのことで、竹山とはどんな人かと改めてきかれてみると、小鈴は用心してかかった。が先方は、自分だけの考えに耽っているらしく、実はこうこういう竹山茂樹という青年を探ってる者で、なおよくその「椎の木の先生」に尋ねて貰えまいかと、返事の日を約束し、名刺をおいて帰っていったのである。

もう疑う余地はなかった。僕が自身で逢ってみることにした。

約束の日の夜、小鈴から電話があると、僕はすぐに出かけていった。

その時も、先程のあの料理屋なんだ。

五十年配の男で、短くかりこんだ硬い髪の毛に、さえない白髪がへんに多いのが目立っていたが、眼には妙に沈んだ鋭い光があった。僕はその眼を一目見ると、竹山茂樹の眼をすぐに思いだした。