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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

それでも、彼に対する最初の動物的な本能的な反感は、どうしても消えなかった。それは単に彼の容貌や態度から来るものではないらしい。この点では、竹山茂樹の好悪の研究など、浅薄なものとなる。それよりももっと根深いものなんだ。

僕は両方の気持に板挾みになって、それでも、彼の慾求に逆らえなかった。近日中に茂樹に逢えるように取計ってやろうと約束した。

彼が帰ったあとで、僕は底の知れない夢想に沈んだ。酒をのんだ。それからふと思いついて、茂樹の母親へ、料理物を届けてやった。あの母親のことを考えると、何かしら気持がやわらぐのだ。

それから、君達が来て、あの通りの仕末だ。竹山の敏感さにも驚かされる。スパイだのハラゴンだの、見当はちがっていたが、とうとうあの拳銃を見つけてしまった。

だが、僕はもうわりに楽観している。父親が心をこめたるあの拳銃だ。それが何かの影響を竹山に及ぼすかも知れない。感応だの、霊感だの、そうした超自然的なことは信ぜられないとしても、父親の指跡の残ってる鋼鉄が、或は単に鋼鉄が、彼になにかよい影響を与えるかも知れない。

愛するものには、そうした空想も許されるだろう。