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しいのき
椎の木
豊島 与志雄
「経済往来」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页
」
「伯父さん。」と良一は身をのりだした。「くわしく説明して下さいませんか。」
「ははは、こんどは僕に説明せよというのか。まあこっちに来給え。」
彼は良一をそばの椅子によんで、それから話した。――本郷神明町の高台に、非常にみごとな椎の大木がある。根本の周囲は二丈にあまる古い木で、それが、一丈ばかりの高さのところから、四方に枝を出し、枝は水平にのびて、百坪ほども拡がり、そして全体がこんもりと、円屋根のように茂っている。珍らしい木で、市の指定保存木となっている。ところが、その木をこめて、三百坪ばかりの地面が、更地となって売物に出ていた。川村さんは所有者と交渉して、椎の木のところ百五十坪だけを借り受けた。それも、よくは分らないが実は年賦で買い取る約束だとの話もある。いずれにせよ、椎の木のところ百五十坪を、年賦の条件か、高い地代を払ってか、とにかく自分の権利にして、板塀をめぐらした。それがこの夏のことで、何をするかというと、毎日のようにそこへ散歩にいって、椎の木の下でぼんやり一二時間をすごして帰ってくる。ただそれだけだった。それでももう充分、正気の沙汰ではない上に、これは内密のことであるが、或る青年をそそのかして、いろいろ非常識な悪事を行わせ、その気持をこまかくきいて、何かの研究の材料にしてるということである。