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やしがに

椰子蟹

宮原 晃一郎

「赤い鳥」1924(大正13)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,116 字 · 9 页

青空文庫

妙に熱くて、甲羅がピリピリ痛い。」と、蟹は思いました。熱いくるしみだけより知らない蟹には、寒いときの苦しさもやはり熱いからだと思ったのです。

こんなことが余程ながく続きましたので、蟹はすっかり弱ってしまいました。甲羅の色も悪くなり、足も二本ばかりぼろぼろになってもげてしまいました。すると或ときでした。人が箱の蓋をしっかり閉めるのを忘れたと見え、いっもとちがって、蒼白い光りが上の方からさして来ます。蟹は不思議に思って、大分不自由になった足を動かして、その光の漏れる穴のところへ行ってみました。穴はかなりに大きくて、蟹はすぐそこから這い出すことが出来ました。

外は十二月の夜で、月が真白い霜にさえておりました。蟹の出たのは神戸の或宿屋の中庭だったのです。あたりはしんとしております。蟹はふしぎそうに見廻しますと、そこに一本の樹があって、それに実がなっております。

「椰子の実だ。椰子の実だ。」

蟹はわずかばかり泡を口の端に吹いて、うれしそうにその樹にのぼろうとしました。実はそれは椰子の樹ではなく、その幹はかたく、すべすべしておりました。その上に蟹は脚も二本少くなっておりましたからなかなかのぼるのに難儀でした。