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つばきのはなのあか
椿の花の赤
豊島 与志雄
「公論」1940(昭和15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页
酔ってから深夜の街路を彷徨する楽しみは、多くの飲酒家の癖で、私も多分にもれず、自宅もさほど遠くないものだから、ぶらぶら歩いて帰ってきた。もう人通りも極めて少く、電車もなく、春の冷々とした夜気が肌に快かった。電車通りからそれて暫く行くと、神社のわきに出る。そこには、低い石柱に二本の鉄鎖を渡した柵が、道路と神社の境内とを区切っている。
その柵の鉄鎖に、一人の男が腰をかけて、丁度ぶらんこにでも乗った恰好で、ふらりふらり身を揺っていた。境内の淡い照明の光ですかして見ると、なんだか見覚えあるような青年だから、その前で私は立止った。袷の着流しに無帽の彼は、きょとんと顔をあげた。別所だった。
「何をしてるんだい。」
別所は黙って私の顔を見ていたが、立上りもせず腰掛けたままひょいとお辞儀をした。明らかに彼も酔っていた。私ももうその時は、柵の鉄鎖に腰を下していた。ゆらりとして倒れそうになるのを、片手を石柱にかけ足をふんばると、案外に腰掛工合はよかった。
「先生のとこに行こうかと思ってたところですが、ここにひっかかっちゃって……。」
「これから来いよ。」
「ええ。」
だが、そこは酔っ払い同士のことで、腰掛けたまま話しだした。