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つばきのはなのあか

椿の花の赤

豊島 与志雄

「公論」1940(昭和15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页

青空文庫

とそういう議論から、李が主張することは、凡て社会機能の機械的な働きの一つになり終ることが、これからのインテリ層に要求されることで、心とか精神とかいう古くさいものの薄れゆく影に執着するのは、水に沈む石ころにしがみついてるようなもので、やがて溺れ死ぬ運命を免れない。但し、ここにいう機械的な働きに身を置くことは、謂わば私情をすてて公の境地に腰を据えることだと、そんなところにまで李の議論は飛躍してしまった。

「現代の社会では、個人的感情の強い時ほど私の立場に立つものであり、その感情がだんだん薄くなって、機械的機能に近づくほど公の立場に立つことになり、機械に至り初めて完全に公の立場になります。別所君は全く機械になり得ない性格です。だから、先生も御存じでしょう、三年前、浅間山の噴火口に飛びこみに出かけたようなことが起るんです。」

「あれはちがうよ、君の方が私の感情で動いたじゃないか。」

別所はそう叫んで、顔を真赤にそめた。

その三年前の浅間行きというのは、別所が肺を病んだり野田沢子に失恋しかけたり、其他いろいろなことで、死を想ってる時に、李と二人で浅間の噴火口に出かけたことを指すのだった。