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つばきのはなのあか

椿の花の赤

豊島 与志雄

「公論」1940(昭和15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页

青空文庫

――実は私には全くだしぬけのことで、何の前触れもなかったのだが、然し別所に保証人がいるなら、なってやってもよいという気持は当然起った。私は春日荘の主婦の椿正枝とは古い知りあいで、そのしっかりした気性や多年の未亡人生活の苦闘に、ひそかに敬意を表しているのだった。

暫くすると、電話口には正枝の声が響いてきた。李の友人の別所次生という人を知ってるかというだけのことで保証人というようなことはなにも出ず、話はすぐ先方から変えられて、近頃の無沙汰だとか健康のことだとか、普通の挨拶に終ってしまった。李から呼び出されて正枝に挨拶させられた、それだけの恰好だった。私は電話口から離れながら苦笑を洩した。

かくして、別所は春日荘の一室に納まり、校正係という一定の職業を持ち、沢子との恋愛も得て、まあ幸福な生活にはいりかけてると思えるのだった。

ところで、これは後で私が椿正枝から聞いた話だが、別所はつまらないことを気に病んでいた。春日荘の東側にちょっとした空地があり、そこに、建物から二メートルばかり離れて椿の木が立ち並び、その謂わば青葉垣の外の狭い地面に、正枝は花卉や野菜などを慰みに栽培していた。