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とちのはな

橡の花

梶井 基次郎

「青空」1925(大正14)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,685 字 · 22 页

青空文庫

それは醜くひきつっていました。何故そこまで走ったのか――それは自分にも判然しません。その苦しさを眼で見ておこうとしたのかも知れません。鏡を見て或る場合心の激動の静まるときもあります。――両親、兄、O及びもう一人の友人がその時に手を焼いた連中です。そして家では今でもその娘の名を私の前では云わないのです。その名前を私は極くごく略した字で紙片の端などへ書いて見たことがありました。そしてそれを消した上こなごなに破らずにはいられなかったことがありました。――然しOが私にからかった紙の上には Waste という字が確実に一面に並んでいます。

「どうして、大ちがいだ」と私は云いました。そしてその訳を話しました。

その前晩私はやはり憂鬱に苦しめられていました。びしょびしょと雨が降っていました。そしてその音が例の音楽をやるのです。本を読む気もしませんでしたので私はいたずら書きをしていました。その Waste という字は書き易い字であるのか――筆のいたずらに直ぐ書く字がありますね――その字の一つなのです。私はそれを無暗にたくさん書いていました。そのうちに私の耳はそのなかから機を織るような一定のリズムを聴きはじめたのです。