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くし

櫛

小川 未明

「文章世界」1908(明治41)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,337 字 · 3 页

青空文庫

と一人の女房がいった。

何の鳥とも知らず黒い小鳥が啼いて、二三羽頭の上を廻っていた。傍の垣根の竹に蛞蝓が銀色の縷を引いて止まっている。

「お洗濯が出来なくて。」と一人の女房がいって、我家の方へ帰りかけた。

「私もまだすることがあるのですよ。」と一人の女房も下駄の歯をぎしりと砂地に喰い込ませて後を向いた。

鍋被の女だけ陰気な顔で、何処を睨むというでなく立っていた。二人の女房は各自に家へ入って、その場にはただ一人鍋被の女だけ取り残された。この黒衣の女は暫らく石の如く動かなかった。何時しかお島の織っていた機の音が止んだ。

一段空が暗くなった。この時、今年十二歳になるお島の子供が、町から帰って来た。手に薬屋から買て来た、キナエンの薬袋を持って家へ入った。――風が少し出て来た。間もなく、お島の家の低い窓から真青な烟が上り始めた。この時鍋被の女は重たそうな歩み付きで踵を返して、自分の家に入りかけた。門口の柱には蚫の貝殻がかかっていて、それに「ささらさんばち宿」と書いてある。また白紙の札に妙な梵字ような字で呪文が書いて貼てある。鍋被の女には歯というものがないようだ。