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せいぎ

正義

浜尾 四郎

「新青年」博文館、1930(昭和5)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,327 字 · 43 页

青空文庫

清川、少し考えて見てくれ」

清川は冷やかに答える。

「衣川さん、あなたのいう所はよく判っています。然し、それなら僕が承りたい。Aは自分を犠牲にしても森木を救う義務がありましょうか」

「犠牲?」

「そうです。即ち深い理由というのはその点なのです。Aは自ら名乗りをあげると同時に、身を犠牲にしなければなりません」

「とは又、どういうわけだ? Aの生命にでもかかわると君はいうのか。例之、Aが殺人者だとでも……」

「いいえ、違います。おききなさい。十月二日の夜半、Aは一人でEホテルの二階に居たのではないのです。はっきり云います。彼は恋人と二人でその夜をそこであかしました。而もその婦人は人の妻です」

愕然として衣川は清川の顔を眺めた。清川は更につづける。

「Aは或る人妻とその夜Eホテルに居たのです。これは無論非常な秘密です。従ってもしAが森木を救おうとすれば何故その時彼がEホテルに居たか、という事を調べられるでしょう。そうなれば自然かれの恐ろしい恋は、曝露されるにきまって居るのです。

Aは、今日も恐らく涙にくれて居るでしょう。彼は森木が捕まって以来一日としてこの問題を考えなかった事はないのです。